こんにちは。軽度知的障害&自閉症の長女(6歳)と、定型発達の次女をワンオペで育てているシェリーです。
今日は、ちょっと前のお話を書かせてください。
2026年2月、長女が通っていた療育で、高校生の障害児を育てる先輩ママ・パパからお話を聞く会がありました。
そこで聞いた、ある一言が、今でも私の中に残っています。
二人の先輩、対照的なお話
その日、登壇してくれたのは、二人の先輩親御さんでした。
先輩A:眩しすぎる明るい親御さん
最初の方は、**「障害があっても、子どもが可愛くて仕方がない」**と、終始ニコニコしているタイプ。
「子どもとの毎日が幸せで」「障害があっても本当にこの子で良かった」「神様からの贈り物だと思っている」
そんな言葉が、ぽんぽん飛び出してくる。
正直に言います。
この方のお話は、当時の私には、眩しすぎました。
「素晴らしいな」「すごいな」と思う気持ちはありつつ、自分とは温度感が違いすぎて、参考にできるところが見つけられなかった。
決して悪口じゃないんです。ただ、私は、そこまで明るくなれなかった。
先輩B:おとなしい感じの親御さん
もう一人の方は、控えめでおとなしい印象の親御さん。
その方が、**「障害児育児のコツは何ですか?」**と聞かれて、ぽつりと答えました。
「とにかく、淡々と日々を過ごすことです」
……心に、ストンと落ちました。
「淡々と過ごす」の重み
この言葉を聞いた瞬間、私は思いました。
**「あ、これだ」**って。
障害児育児って、ドラマチックに頑張ろうとすると、続かないんです。
- 比べないようにしよう
- 前向きに考えよう
- 子どもの可能性を信じよう
そういう**「テンション」で乗り切ろうとする日**は、すぐ来ます。でも、テンションには上下があって、下がった時に潰れる。
それより、「淡々と」。
- 朝起こして
- ご飯食べさせて
- 学校に送って
- 迎えに行って
- お風呂入れて
- 寝かしつけて
毎日、ただこれを繰り返す。
それが、この長期戦を生き延びるコツ。
私もそう実感している
今、長女が6歳になって、私もそれを身をもって感じています。
比べたら負け。
考えすぎたら負け。
ドラマを作ろうとしたら負け。
ただ、淡々と、今日を生きる。
これが一番、親も子も、長く健やかにいられる方法だと思います。
質問コーナーで、過去の自分を見た
その日、お話を聞きに来ていたのは、未就学児の子を持つ親御さんたち。1〜2歳のお子さんを連れたママが多くて、6歳の子の親は私だけでした。
そして、質問コーナーで、胸がぎゅっとなる質問がありました。
こんな質問が出ました
「今、子どもが1歳半で。発達が怪しいんですが、それでもやっぱり、定型発達だったということはありますか?」
「一度、療育に通って、普通になったというケースはありますか?」
それを聞いた瞬間、心臓がきゅっとなったんです。
なぜなら、昔の私と、まったく同じ質問だったから。
検索魔だった、過去の私
長女が1〜2歳の頃、私もそうでした。
- 「自閉症 1歳 グレー 定型発達 戻る」
- 「療育 効果 IQ 向上」
- 「発達障害 誤診 普通」
毎晩、子どもを寝かしつけたあとに、スマホで検索の海に潜る日々。
「もしかしたら、うちの子は違うかもしれない」
「療育に通えば、定型になるかもしれない」
「IQが急に伸びる例があるかもしれない」
わずかな希望に、すがりつきたかったんです。
将来への漠然とした不安と、「もしかしたら普通になるかも」という捨てきれない希望。
その狭間で揺れる気持ち、私は痛いほどわかります。
現実は、変わらないけど
これは、誰かを傷つけたい話じゃないけど、正直に書きます。
療育が不要になるくらいに成長する子も、確かにいます。
でも、それは少数です。
1〜2歳の段階で「怪しい」と言われ、療育に通えている時点で、その後も療育が必要になる可能性は十分に高い。
これが、私の6年間で見てきた現実。
でも、希望は捨てたくないのも、わかる
「定型発達になるかも」という希望、簡単には捨てられないんです。
私もそうでした。長女が4〜5歳になっても、心のどこかで「もしかしたら……」と思っていた瞬間が、確かにありました。
その希望を捨てるのって、何かを諦めるみたいで、罪悪感を感じるんですよね。
「諦めたら、子どもの可能性を奪うことになるんじゃないか」って。
でも、本当は、こうなんです
でもね、ある時、気づきました。
どれだけ心配しても、現実は変わらない。
どれだけ検索しても、わが子の発達は変わらない。
子どもの伸びしろは、その子に委ねるしかない。
私たち親ができることは、
- 療育に連れていく
- 必要な手続きをする
- ご飯を食べさせる
- 寝かせる
- 笑顔で抱きしめる
それだけ。あとは、その子のペースに任せる。
あの日の親御さんたちへ、伝えたかったこと
質問コーナーで「定型発達に戻ることはありますか?」と聞いていた親御さんたち。
私は、本当は、こう声をかけたかったんです。
「あなたは、今、十分にやってますよ」
療育に通えている、というのは、もうそれだけで、現実から目を逸らさず、子どものためにできることをやっているということ。
それ以上を、自分に求めないで大丈夫。
あとは、考えすぎず、淡々と過ごす。
それが、一番続く道だから。
まとめ
「とにかく淡々と日々を過ごすこと」
これは、当時の私が先輩からもらった、一番大事な言葉でした。
そして今、未就学児の親御さんたちへ、私もこの言葉を渡したい。
不安で眠れない夜があっても、
比べたくなくても比べてしまっても、
「もしかしたら」が頭から離れなくても、
朝になったら、また淡々と、今日を始めましょう。
それが、長距離走を走り抜くための、唯一のペース配分だと思います。
今日もおつかれさまでした。


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